あたりまえとは

考え方

こんにちは。こーだいです。

みなさん、じぶんにとっての「あたりまえ」って何だと思います?

僕思うんですけど、みんな「あたりまえ」のことって特に意識しないと思います。

例えば、毎日寝る前に歯を磨くとか、家に入るときには靴を脱ぐとかありますよね。

そんな「あたりまえ」なんですが、それってその人を取り巻く環境によって全然違うと思うんです。なので今日は「あたりまえ」について少し考えてみたいと思います。

「あたりまえ」は変わるのか

まず、「あたりまえ」は変わります。人によっても変わるし、同じ人でも時間によって変化しています。なぜそう思うかというと、今日、出社時に久々に自分がいつも通るオフィス通りを眺めました。

今の僕にとって、この風景は東京にある一つのオフィス街に見えています。このビルの中でたくさんの人が働いているんだろうなって思います。

でも、ふと思ったのです。3年前の自分だったらどうだろうか…

3年前の僕は東京に出てくるか来ないかくらいの時でした。九州の片田舎で育った僕は、高いビルをほとんど見たことがありませんでした。また、オフィス街を颯爽と歩いていくサラリーマンたちの姿もドラマでしか見たことのないレベルでした。

その時見たオフィスは、とても壮大で、美しかったです。僕はただただこんな場所で働いている人もいるんだと驚いてばかりでした。

さてどうでしょう。3年前の僕と、今の僕ではこの一枚の写真の現場でも大きく考えていることが違います。というのも、3年近くの月日を経て、僕はこの景色に慣れてしまっていたのです。つまり元々「あたりまえ」ではなかったことが、今は「あたりまえ」へと変わってしまったのです。

変わることは悪いこと?

人間は変化に対応する生き物です。このように「あたりまえ」が変化していくことは、周りの環境に対応しているということなのです。なのでいいも悪いもありません。

ただし、「あたりまえ」は環境依存です。周りの人が悪いことばかりする人だと、自分もそうなってしまいかねません。変わることは悪いことではありませんが、自分の芯を強く持って、いい方向に変化していくことが大切です。

あたりまえが変わって思うこと

僕はクラスメイト5人という超ド田舎で生まれ育ちました。そんな田舎なので、周りに対して警戒心がとても薄かったです。学校では、道で人に会ったらたとえ知らない人でも挨拶をしなさいと言われていました。

僕にとって当時、それが「あたりまえ」でした。成長して、中学、高校へと上がっていくと、それが世間一般の当り前ではないことを知りました。

初めて海外に行って、靴を脱がずに家に入った時、本で読んだあの情報は本当だったんだと海外の「あたりまえ」を知りました。

地方にいたときは、地元にJRもなく、電車にほとんど乗ったことがありませんでした。上京して初めて電車に乗るときは、切符の買い方さえ分からず途方にくれました。でも、今はもう迷うこともありません。

このように、僕の知る世界、周りの環境の変化とともに僕にとっての「あたりまえ」は常に変化しています。東京に来て、あたりまえが変わって、僕の中では以前のあたりまえが恋しくなるようになりました。いろんなあたりまえを経験することで、自分にとって何が一番大事なのかと本当に考えるようになりました。あたりまえの変化が僕にあたりまえについて考えるチャンスをくれました。あたりまえが変わって思うのは、もっと世界には僕の知らないあたりまえであふれているんだろうなってことです。

まとめ

おまえ何言ってんだって感じになってそうな気もしますね(笑)

まあ僕の思いとしては、

「あたりまえはその人その人その時々で変化する。だからそれを理解して、相手にとってのあたりまえをもっとよく聞いて尊重しようよ」

ってことです(笑)

日々日々自分をアップデートしてこ!

仕事でよく感じるのだけど、あたりまえが異なる人同士の議論は議論にならず、戦いになります。そうではなく、まず前提としてお互いの当り前を理解することで、本当に必要な話し合いができると思うのです。

仕事でもプライベートでも同じです。

まずは相手を知る、相手のあたりまえを感じる。そういうことが大切です。

Life is an adventure

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